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嘉悦学園創立110周年記念事業 外交セミナー 基調講演「国際情勢の変化と日本の戦略」

嘉悦学園創立110周年記念事業 外交セミナー 基調講演「国際情勢の変化と日本の戦略」



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5月11日(土)、学園創立110周年記念事業の一環として、外務省で長年辣腕を振るわれた田中均氏を迎えて外交セミナーを開催しました。「人間関係も、自分の主張ばかりは通らない。外交も同じで、何が現実的な終着点かを見極めて進めることが大切」と田中氏。小泉元首相訪朝時の舞台裏をはじめ豊富なエピソードを交えて、日本の置かれた立場を分かりやすくお話しいただき、学生と地域の方々を含めた約200人が耳を傾けました。
 

国際情勢の変化と日本の戦略
東アジアの安定のために必要な"大きな絵"とは
田中均氏講演 

田中均
日本総合研究所 国際戦略研究所 理事長
1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。北米局審議官、在サンフランシスコ総領事などを経て、経済局長(2000-01)、アジア大洋州局長(2001-02)を経て2002年より政務担当外務審議官。37年間外交官として活躍し、小泉元首相の訪朝を実現させたことでも知られる。2005年8月に退官、現在は現職とともに東京大学公共政策大学院客員教授などを務める。主な著書に『プロフェッショナルの交渉力』『外交の力』など。



戦争を略すると書いて戦略 ――戦略に必要なICBM
 今、北朝鮮の話題によく上る大陸間弾道ミサイルは、略してICBM(intercontinental ballistic missile)と言われます。それになぞらえて、外交官として交渉する際、私はいつも"ICBM"の4つの要素を念頭に置いていました。
 まず、十分な情報と知恵(information/intelligence)を備えているか。方向性に確信(conviction)があるか。そして、相手にも利益を感じさせる"大きな絵"(big picture)を描けているか。最後に、実りある結果を得る力(might)があるか。外交戦略は、この4つの要素を備えて初めて「戦略」になり得ます。
 戦略とは「戦争を略する」ことだと私は思っています。軍事力によらずに他国と良い関係を築くには、まさしく正しい戦略に基づいて交渉する必要があります。
 2002年、私はアジア大洋州局長として、膠着する北朝鮮との関係に突破口を開くべく奔走していました。30回近く、土日を使って中国の大連で相手方と面会し、その前後で小泉総理と話し合いました。ある新聞記者が数えたところ、私の首相官邸訪問は実に88回に及んだそうです。  
 北朝鮮は20年間、拉致問題について一切認めてきませんでした。したがって、北朝鮮が「拉致を認めることが自分たちの利益になる」という絵を描かないと無理なんだと、小泉総理も私も確信していました。そこで経済協力をはじめとする利益を提示しながら、さまざまな交渉を経た上で首相訪朝を実現、拉致被害者の帰国に漕ぎ着けたのです。

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多極化する世界情勢、先進国・新興国それぞれの課題
 では、日本が今どのような立場に置かれているのか。まずは、世界の変化から見てみましょう。 
 先日、私はロンドンを訪れたのですが、失業率の高まりを肌で感じました。イギリスではEUから離脱すべきという議論も起こっています。ギリシャやイタリアなど財政赤字を抱える国では、貧しい人に十分なお金が回らず、政府への不満が高まっています。その結果、極端な右翼政党が台頭しつつあります。これらが重なり欧州全体の変化として、保守化やナショナリズム、民族主義への傾倒が起きています。
 アメリカでも、ティーパーティと呼ばれる、どちらかというと民族主義的色彩の強い共和党の右派が目立っています。世界的にも、東西の二極化からソ連が崩壊し、長らく続いたアメリカの一極体制がイラク戦争という傷みによって崩れました。多極化の進行が、世界の変化の大きな特徴だと言えるでしょう。  
 その間、ASEAN諸国のほとんどは西側のシステムを取り入れ、貿易を自由化して大きく発展してきました。それ自体はいいことですが、例えば地球温暖化の問題に途上国は「先進国の責任だろう」と主張して国際社会全体が協調した対策に当たれないなど、国同士が協力すべき物事が決まりにくくなっているのは悩ましい点です。 
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東アジアの安定を見据えて中国との関係を構築する
 さて、私たちがいる東アジアに目を向けてみます。東アジアにおける日本の立場も、周辺国の状況によって変化しています。
 90年代、中国のGDPは日本の10分の1でしたが、その後の急成長によって2010年には日本のGDPを追い越しました。以前、小泉総理が靖国を参拝した頃は、中国は"政治は冷たくしても経済では熱く"と経済面では良好な関係を求めましたが、2010年9月に起こった尖閣諸島での漁船衝突事件では、中国は日本に対して政治経済両面において強硬な措置を取りました。もはや、中国にとって日本は経済関係で大きく依存する唯一の国ではなくなったからです。  
 もちろん、中国も汚職や情報統制といった直近のリスクから、民主主義に基づく統治の欠如などの構造的リスク、主に米国との関係における国際関係のリスクなど多くの課題を抱えています。これらを踏まえて"大きな絵"を描き、尖閣の問題を含めて中国との建設的な関係を築くことは、日本の今後の繁栄にとって非常に重要な外交です。
 日中関係の意義と、東アジアが安定することで生まれる利益を双方がよく理解して、そのために協力しようという絵を描くことが肝心です。
 当然、中国との関係構築は簡単ではありませんが、それはある程度中期的な話になるでしょう。もっと短期的なのは、冒頭でも触れた北朝鮮との関係です。
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面として東アジアのルールをつくり、成長の活力を利用する
 私が北朝鮮との交渉時に常に意識していたのは、いったい彼らが何を考え、どういう力関係の中で行動しているのかという情報を持つことでした。そして、確信をもって大きな絵を描き、力を活用して結果を出すことを目指しました。今すべきことも、同じです。
 北朝鮮では今、国内の権力基盤を確立する過程にあります。金正日は軍を基盤にした政権づくりをしてきましたが、金正恩という若いリーダーはまだ軍をコントロールする自信がなく、朝鮮労働党に権力を与えて軍と競わせ、政権を確立しようとしています。ただ、うまくいっていないと私は思います。だから国内のカリスマ性を高めるために、豪胆なことをしてみせているのです。
 すでに彼らの軍事的挑発を国際社会が見過ごす時期は過ぎており、北朝鮮は金融制裁も恐れているので、今後は少し収まるでしょうが、問題は何も解決していません。そこですべきは、日韓米の緊密な連携、もう一つは、北朝鮮との交渉です。核を放棄することと引き換えにもっと大きなメリットがあると示して合意を図るのは不可能ではないと思います。それが、外交の力です。
 日本の将来は、東アジアの成長の活力を利用できるかどうかにかかっています。交渉によって周辺国との関係を築き、貿易や食品の安全、知的所有権保護に至るまで面としての東アジアのルールをつくることが、今後の日本の大きなテーマになるでしょう。

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